動物用抗菌薬の歴史と現状

1. 動物用抗菌薬の歴史

人類初の抗生物質であるペニシリンがヒトの感染症に応用され始めたのと同時に、抗菌薬を飼料に混和すると鶏に成長促進効果があることが報告されました。成長促進を目的とした抗菌薬使用は、畜産にとって極めて有用であるためすぐに世界各国で実用化され、感染症治療用の抗菌薬と相まって、家畜における抗菌薬使用が急速に拡大しました[i]。抗菌薬使用の増加に伴い、家畜由来耐性菌の増加が報告されるようになりました。 当初、耐性菌の増加は抗菌薬の効果を減弱させる現象としか捉えられていませんでしたが、1969 年に英国で公表された「畜産および獣医療における抗生物質使用に関する共同委員会」の報告書 ”Swann Report”により「家畜への抗菌薬使用により薬剤耐性菌が発現する」という問題が提起され、家畜由来耐性菌がヒト医療における重要な危害要因と認識されるようになりました[ii,iii]。この報告書を契機として、日本は1975 年に飼料安全法を改正し、家畜に使用する抗菌剤を動物用医薬品及び飼料添加物として規制するようになりました[iii]

[i]Jukes TH,et al.: Nutritional effects of antibiotics.Pharmacological Reviews 1953; 5: 381-420.
[ii]高橋敏雄 他 感染症学雑誌 第80巻 第3号「家畜衛生分野における耐性菌の現状と今後の対応」
[iii]公益社団法人 中央畜産会「家畜における薬剤耐性対策 ガイドブック」

2. 動物用抗菌薬の現在

動物用抗菌薬の使用量は、2001年と2002年の販売量の情報によると、人用抗菌薬に比べ2倍強もの量が使用されているという報告があります[iv]。動物種別にみると抗菌薬の約50%が豚への使用であり、次いで養殖魚、ブロイラー(肉養鶏)が続きます。犬猫での抗菌薬販売量が少ないのは、犬と猫用に承認された抗菌薬自体が少ないため、代わりに人用抗菌薬が臨床現場において広く適応外使用されており、正しく実態を反映していないことが原因と考えられます。(図1)。人と大きく異なるのは成長促進剤として使用されている側面もあり、その意味での適正使用も重要になってきます。

図1[v]

家畜に使用される全ての抗菌薬は、農林水産省による承認などを経て用量・用法や使用上の注意が設定されています。特に、使用上の注意に第二次選択薬と記載がある抗菌薬は、人医療上も重要な抗菌薬に対する薬剤耐性菌が選択される可能性があるため、他の抗菌薬が無効であった症例に限って使用とされています。また、薬の成分が生産物に残留することを防ぐため、残留基準値(MRL)や投薬後の休薬期間を厳守しなければなりません[vi]

家畜や水産動物への抗菌剤使用により選択される薬剤耐性菌や、薬剤耐性菌が畜水産物を介して人の健康に与える悪影響については、内閣府の食品安全委員会が評価しています[vii]

愛玩動物に使用される抗菌薬は、対象動物ごとに用法・用量が設定されており、副作用の報告義務があります。しかしながら、承認・許可された動物用医薬品が少ない上、動物用抗菌剤が人用抗菌剤に比べ高価であることから、獣医師の個人的な判断で人用抗菌薬が適応外使用されているのが現状です[viii,ix]。動物診療施設における抗菌薬の年間販売量の45%(対象期間:2016-2020年)、年間使用量の62%(対象期間:2017年)を人用抗菌薬が占めていたという報告があります[x,xi]

[iv]農林水産省「各種抗生物質・合成抗菌剤・駆虫剤・抗原虫剤の販売高と販売量」
[v]田村豊 モダンメディア61巻6号2015 「わが国の食用動物由来耐性菌対策と耐性菌の現状」
[vi]公益社団法人 中央畜産会「家畜における薬剤耐性対策 ガイドブック」
[vii]内閣府食品安全委員会「薬剤耐性菌の食品健康影響評価に関する情報」
[viii]農林水産省「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き」
[ix]農林水産省「愛がん動物における抗菌剤の慎重使用に関するワーキンググループ 」
[x]農林水産省「平成 28 年に飼育動物診療施設に販売された人用抗菌剤量調査の結果」
[xi]公益社団法人日本獣医師会 2019年「小動物獣医療における薬剤耐性(AMR)対策としてのリスク管理措置の在り方」

3. 動物由来耐性菌による現在の課題

家畜領域において、ヒトの細菌性食中毒を引き起こすカンピロバクターの中でも、起因菌の90%を占めるCampylobacter jejuni(以下C.jejuni)ではその40%がオキシテトラサイクリン(OTC)に、20%が動物専用のフルオロキノロン薬であるエンロフロキサシン(ERFX)に耐性を示していたのに対し、残りの起因菌であるCampylobacter coli(以下C.coli)では調査した全ての抗菌薬で高い耐性を示したとの報告があります。(図2)これは、C.jejuniに比べてC.coliは主に豚から分離されるため、前述した豚への抗菌薬使用量が多いことと関連すると考えられます。
また、腸管常在菌であり抗菌薬暴露の指標とされている大腸菌の調査では、人医療上重要な抗菌薬であるフルオロキノロン系薬剤に対し、ブロイラー由来細菌が牛・豚・レイヤー(産卵鶏)由来細菌よりも高い耐性率を示したという報告があります。(図3)これはカンピロバクターと同様に、ブロイラーへの抗菌薬の使用量が多いことと関連すると考えられます[i]

図2[xii]
図3[xii]

愛玩動物(犬猫)では、大腸菌やクラブシエラ属菌、コアグラーゼ陽性スタフィロコッカス属菌などを対象に薬剤感受性試験を実施したところ、第3世代セフェム系薬剤(セフォタキシム)、アミノグリコシド系薬剤(ゲンタマイシン)、テトラサイクリン系薬剤(テトラサイクリン)、14員環マクロライド系薬剤(エリスロマイシン)、15員環マクロライド系薬剤(アジスロマイシン)で抗耐性率の株が検出された報告があります。これらの抗生物質はヒト医療上も細菌感染症に対して広く使用されており、特に第3世代セフェム系と15員環マクロライド系は重要であるとして、動物分野で第二次選択薬に指定されています。愛玩動物は家畜と比べて人との接触が密であるため、耐性菌伝播がより懸念されます[xiii]

このように、ヒトだけでなく動物の観点でも薬剤耐性問題と向き合い、ワンヘルスの観点で包括的な対策を検討することが重要と考えられます。

[xii]田村豊 モダンメディア61巻6号2015 「わが国の食用動物由来耐性菌対策と耐性菌の現状」
[xiii]農林水産省「平成 30 年度 疾病にり患した愛玩(伴侶)動物(犬及び猫)由来細菌の薬剤耐性モニタリング調査の結果」