ウイルス性感染と細菌性感染の違い

1. はじめに

日常よく見かける感染症は細菌によるものとウイルスによるもののいずれかが大半ですが、ウイルス感染症は発熱などの症状が前面にでるため、自覚症状のみでは細菌感染症と区別がつきにくいことも少なくありません。一部の医療機関においては、抗菌薬が有効な細菌感染症か無効なウイルス感染症かを判断することなく闇雲に広域の抗菌薬を投与してしまっていると言われています[i] 。不必要な抗菌薬の投与は薬剤耐性菌の発生に寄与するだけでなく、医療費の負担となる可能性もあります。そこで、本記事では細菌性感染症とウイルス性感染症の違いについて触れ、治療方針の違いを見ていきたいと思います。

[i] 佐藤貴美 他 J-STAGE 2018年7巻4号 p. 535-540「国公私立大学病院および技師会北日本支部所属の病院検査室における細菌検査の現状について」

2. 細菌性感染とは

細菌は単細胞の原核生物で、細胞壁を持ち、栄養と水のある環境であれば自己増殖が可能な微生物です。細菌の大きさは約0.5~3μmほどであり、人体に侵入して病気を引き起こす有害な細菌や、皮膚の表面や腸内に常在している細菌も存在しています[ⅱ]。 これらの細菌によって感染症の症状を引き起こすことを細菌性感染と呼びます。

細菌は皮膚、咽頭や腸管内に害をなさずに定着していますが、時にその毒素や最近自体の病原性により疾患を引き起こします。常在しているのみなのか、感染症を起こしているのかは患者さんの症状や経過を含め、慎重に判断する必要があります。また、一部の細菌はその産生する毒素で特異的な病気を起こすことが知られており、破傷風や腸管出血性大腸菌などがその例として挙げられます。

[ⅱ]AMR臨床リファレンスセンター ホームページ https://amr.ncgm.go.jp/general/1-1-2.html

3. ウイルス性感染とは

ウイルスは、タンパク質でできた外殻の内部に遺伝子を持つ単純な構造の微生物で、その大きさは約10~200㎚と、細菌の約1/50ほどです。ウイルスは自己複製能力がないため、その外殻のタンパク質を介して宿主細胞に自己の遺伝情報を放出し、宿主細胞の複製能力を利用して自己を複製し増殖します[ⅲ]

ウイルスがヒトに感染した際に症状をもたらす原因としては、①ウイルスによるヒト細胞への侵入に伴う細胞死の誘導、②ウイルスに対する免疫反応に伴う炎症があります。上述の通り、ウイルスは宿主細胞に結合して細胞内に侵入し、細胞内で自身のDNAやRNAを放出します。これらの遺伝物質は宿主細胞を支配し、強制的にウイルスを複製させます。ウイルスに感染した細胞では、正常に機能できなくなり細胞死が起こることがあり、その死細胞から新しいウイルスが放出され、他の細胞に感染していきます。ウイルス性感染を引き起こす病原体の代表例として、ノロウイルスやインフルエンザウイルスなどが挙げられ、その感染力はウイルス表面のタンパク質等により異なります。

ウイルス性感染症では37〜38度以上の発熱が1〜3日ほど続くことがしばしば見受けられ、その症状は細菌性感染症と似ていることが多いです。のどの痛み、鼻水、咳、体のだるさがありすぐに軽快する場合、感冒(いわゆる、風邪)である可能性があり、重症化することは多くないとされています。

[ⅲ] AMR臨床リファレンスセンター ホームページ https://amr.ncgm.go.jp/general/1-1-2.html

4. 細菌性感染とウイルス性感染における治療方針の違い

上述の通り、細菌性感染症とウイルス性感染症の症状は類似していることがありますが、細菌性感染とウイルス性感染の治療における最も大きな相違点として、ウイルス性感染の治療には抗菌薬を用いることができない点が挙げられます。抗生物質は、抗菌薬の中でも特に生物から作製したものを指しますが、ヒトを含む多細胞生物は真核細胞であるのに対し、細菌は原核細胞であるため、その細菌のみが持つ異なる性質を阻害することで細菌の増殖を抑える薬です。抗菌薬には、β-ラクタム(ペニシリン・セフェム)系、アミノグリコシド系、キノロン系など様々なものがあり、これらは細菌の細胞壁の合成を阻害したり、タンパク質合成の開始反応を阻害することによって殺菌作用を示します。[ⅴ] 

一方、ウイルスは生存機構が細菌と異なるため抗菌薬は効きません。そのため、ウイルスによる感染症には、抗菌薬ではなく抗ウイルス薬を用いることが必要です。例えば、抗インフルエンザ薬として知られるノイラミニダーゼ阻害薬は、ウイルスのノイラミニダーゼを選択的に阻害することで感染細胞の表面から子孫ウイルスが遊離するステップを抑制し、ウイルスが別の細胞へ拡散することを防ぎ、結果的にウイルス増殖抑制作用を示します。一方で、感冒ではウイルスの増殖を抑える薬はなく、症状を和らげる感冒薬を服用することが多くあります。

細菌性感染症とウイルス性感染症はどちらも高熱が数日間続き、症状が似ていることから、初診において間違えてしまうことがあります。しかし、仮にウイルス性感染症であるのに細菌性感染症と診断されてしまった場合、抗菌薬が効かず患者さんの症状が回復しない、あるいは症状の悪化を招くこともあります。

このように、本来必要なものとは異なる治療法を選択してしまうことによって、罹患者本人の治療の遅れや症状の悪化を招くだけでなく、ウイルスや細菌を他人に移してしまい、感染症の拡大につながる恐れもあります。従って、グラム染色等を用いて感染症の原因が細菌性なのかウイルス性なのかを見分けることが重要であると考えられます。

[ⅴ] 抗微生物薬適正使用の手引き 第一版  厚生労働省