薬剤耐性問題への取り組み

1.薬剤耐性の脅威

 1945年のペニシリンの発見以来、抗菌薬による治療で多くの命が救われるようになりました。一方で抗菌薬への耐性、いわゆる薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)を獲得した菌も出現しましたが、新しいクラスの抗菌薬が次々に開発されたことで薬剤耐性菌に対する治療を行うことが出来ました。しかしながら、1990年以来、に新しいクラスの抗菌薬をほとんど生み出せていないことがあり、薬剤耐性の問題は先進国のみならず、発展途上国も含めた世界的な問題になっています[i]。実際、世界保健機関(WHO)によると、毎年70万人近くが、薬剤耐性菌が原因で亡くなり[ii]、このまま有効な解決策が実行されない限り、2050年までには壊滅的な被害が生じると危惧されています。またO’Neillらによると、何も対策を講じない場合2050年における薬剤耐性による全世界の死亡者数は年間1000万人を超え、悪性腫瘍(がん)による死亡者数を上回ると予測されています。さらにAMRに関連する世界全体での推定生産性累計損失は、最大100兆ドルに及ぶと試算されています[iii]

薬剤耐性(AMR)に起因する死亡者数の推定[iv]

[i] Silver, L. L. (2011). Challenges of antibacterial discovery. Clinical microbiology reviews, 24(1), 71-109.
[ii] G7 OECD report. (2015). Antimicrobial Resistance in G7 Countries and Beyond.
[iii] O’Neill, J. (2016). Review on antimicrobial resistance: tackling drug-resistant infections globally: final report and recommendations.
[iv]AMR臨床レファレンスセンター ホームページ https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-4.html

2.AMRアクションプラン

世界的に高まる薬剤耐性に対する脅威に対し、日本では2016年に厚生労働省が「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」を策定・推進しています。薬剤耐性の発生を遅らせ被害の拡大を防ぐために2016年からの5年間で取り組む目標として、WHOのAMRグローバルアクションプラン(2015)の5項目に、「国際協力」を加えた6つが掲げられています[v]

またアクションプラン成果指標として、「医療現場での抗菌薬使用量を減らすこと」、「主な微生物の薬剤耐性率を下げること」に関する数値目標が設定され、毎年進捗状況の評価が行われることとなっています。

薬剤耐性(AMR)対策の6分野と目標

[v]厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン (2016-2020)」

3.抗菌薬の適正使用に向けた課題

AMRアクションプランでは、主要菌種の耐性率や抗菌薬の使用量の減少などの具体的数値目標を設定していますが、2020年度時点では多くの目標が達成できていません[v]。正確な菌種推定に基づく適切な診断には、高価な検査機器や検査技師或いは専門医の工数・時間が必要ですが、病院等の金銭的・人的リソースが不足している為に実現が困難です。その為、患者の症状が細菌感染症に起因するものか医師が判断しないまま闇雲に抗菌薬を処方することが行われ、結果として抗菌薬の適正使用という目的が未達であると考えられます。一方、グラム染色を徹底し菌種を推定することが抗菌薬の適正使用に寄与するとの報告[vi]もあり、上記課題に対する解決策としてグラム染色活用による正確かつ迅速な菌種推定が考えられます。

[v]厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン (2016-2020)」
[vi]前田稔彦. (2019). 5) 開業医での抗菌薬適正使用実践例. 日本内科学会雑誌, 108(9), 1824-1829.

4.薬剤耐性菌の動向調査・監視における取り組み

薬剤耐性問題解決に向けて、上述したように医療現場で正確かつ迅速な菌種推定のもと適切な抗菌薬を投与し、薬剤耐性菌を発生させないことが重要となる一方で、発生してしまった薬剤耐性菌が広がらないようにコントロールするための取組みも重要となります。これには、市中あるいは院内の感染症等の発生状況を継続的に監視し、分析結果を迅速に医療機関等にフィードバックして対策に活かす「サーベイランス」が肝要となります。全国で行われている薬剤耐性菌サーベイランスとして厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)検査部門があり、2021年1月時点では、集計対象となる参加医療機関数は2418と、国内の全医療機関の27.5%(2015年段階では16.9%)を占めます[vii]。参加医療施設から継続的に情報を収集しており、各病院はアウトブレイクの検知、院内感染対策の効果が確認できます。

JANISによるサーベイランスは、細菌検査により検出される主要な細菌の分離頻度とその抗菌薬感受性を継続的に収集・解析し、医療機関における主要な細菌ならびに薬剤耐性菌の分離状況を明らかにすることが目的とされています。サーベイランスの対象となる主要菌ならびに薬剤耐性菌の分離率は、医療機関から提出された陰性検体を含むすべての細菌検査データを基に集計、算出されています。また検査材料別の分離菌割合や菌種別の分離患者数、医療機関の分離率分布を集計し、医療機関における主要菌ならびに薬剤耐性菌のベンチマークとなる情報も提供されています。なお報告対象となる耐性菌は以下のものとなります。

分離対象となる薬剤耐性菌[viii]

これらの情報は次のように活用することができます。

まず全国の薬剤耐性菌分離率をベンチマークとして、自施設の薬剤耐性菌分離の状況と比較することにより、病院内の感染対策に役立てることができます。例えば、自施設でMRSA分離率が全国に比して大幅に高い場合には、院内での薬剤耐性菌の水平伝播予防が十分にできているかを再確認する必要が出てきます。

また、主要な細菌の抗菌薬感受性データを「アンチバイオグラム(主要菌の抗菌薬感受性一覧)」として活用することができます。各病院、あるいは都道府県別に集計されているので、自施設で検出される細菌の感受性が全国の病院の中でどのような位置にあるのか参考にすることが可能となります。

[vii]厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業 ホームページhttps://janis.mhlw.go.jp/hospitallist/index.html
[viii]AMR臨床レファレンスセンター ホームページ https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-2-1.html