1.背景
抗菌薬は現代の医療に欠かせない薬ですが、それに耐性を持つ耐性菌の蔓延により、新しい抗菌薬の開発が世界的な急務となっています。
しかし新規抗菌薬の開発には多くの課題があり、1990年以来、新しいクラスの抗菌薬はほとんど開発されていません。これは抗菌薬の売り上げに十分な収益性を期待できないことから、製薬会社が新規の抗菌薬開発に対して積極的に投資を行いづらい構造になっている点が一因となっています[i]。
高血圧や糖尿病などの慢性疾患の治療薬と比較すると、抗菌薬は投与後、対象の菌が死滅した段階で投与が終了するため投与期間が短くなります。また、抗菌薬の不適切な投与により、新たな耐性菌の発生につながりうるため、抗菌薬の投与は積極的には行わず、慎重に実施されています[ii]。
そのため製薬会社としては、新しい抗菌薬の開発に成功したとしても、多くの売り上げを期待することが難しい構造になっています。
抗菌薬開発の金銭的支援の枠組みとして、大きく分けて2つの方法があります。一つがプッシュ型インセンティブと呼ばれ、これは主に開発時に係るコストに対して援助を行うものです。この手法は既存の金銭的支援としてこれまでも様々な形で実施されてきました[iii]。
それに対してプル型インセンティブと呼ばれる、もう一方の枠組みはサブスクリプション方式としても知られ、薬剤の販売量に関わらず一定の収益を製薬会社に保証する仕組みです。
米国において、このプル型インセンティブを可能にするために、与野党の垣根を越えた有志議員らによって米国議会に提出された法案がPASTEUR法案(the Pioneering Antimicrobial Subscriptions to End Upsurging Resistance Act)です。
[i]平井敬二 . 日本発の抗菌薬開発の歴史と今後の展望について . 日本化学療法学会雑誌 . 2020; 68 (4): 499-509
[ii]AMR臨床レファレンスセンター「薬剤の研究開発」:https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-2-2.html
[iii]Robert W Eisinger et al. ‘A call to action—stopping antimicrobial resistance’ JAC-Antimicrobial Resistance, Volume 5, Issue 1, February 2023, dlac142
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