【ホワイトペーパー/薬剤耐性】日本、オランダ、スウェーデンにおける薬剤耐性(AMR)問題対策の比較

1.はじめに

スウェーデンとオランダは日本と比較して細菌の薬剤耐性(Antimicrobial resistance: AMR)率が低い国として知られています。例えば黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率については、日本は36%であるのに対して、スウェーデンとオランダはそれぞれ2%となっています[i]。そのほか大腸菌の各種薬剤耐性率についても日本と比較すると低い割合を維持しており、国全体として抗菌薬適正使用の普及が示唆されています。適正な抗菌薬使用の普及に寄与している点として、国家的な抗菌薬適正使用推進の取組みなどの政策的な側面、病院内での抗菌薬適正使用チームの働きなどの医療現場での取組み、一般市民の抗菌薬への正しい理解や知識など様々な要素が複雑に関係してきます。今回はスウェーデンとオランダにおいて、薬剤耐性菌の封じ込めに寄与している点について何点か取り上げ、日本においても検討すべき点について整理しました。

[i]Resistance Map https://resistancemap.cddep.org/index.php

2.スウェーデンのAMRに対する取り組み

スウェーデンでは国を挙げて、抗菌薬の適正使用に関する先進的な取組みを早期から実施してきました。1989年、感染症法に基づき、感染症管理のために各郡に担当官を置くことが義務付けられました。また、1995年に薬剤耐性菌に対する国家的プログラムであるStramaが設立されました。Stramaは薬剤耐性菌の出現・抗菌薬の使用に関する追跡・調査、抗菌薬を用いる際の治療ガイドラインの作成、医療関係者及び一般の方へ向けた薬剤耐性菌・抗菌薬に関する正確な情報の発信等を行う組織です。Stramaは国家レベルの組織に加えて、各地域レベルでも組織されています。先に述べた各郡に配置される感染症の担当官は多くの場合、感染症の専門医であり、その地域におけるStramaの責任者を務めています。地域のStramaは地元の医師との対話の実施や、抗菌薬の適切な使用の促進に従事しています[ⅱ]。
薬剤耐性菌の継続的な監視にも力を入れており、スウェーデンでは計4つの耐性菌監視システムが存在し、経時的、地域的な監視が継続して実施されています。また、これらの収集されたデータを活用し、地域のStramaが抗菌薬の使用状況を定期的に各病院に対してフィードバックを行うことで、抗菌薬の使用方法の見直しが定期的に実施されています[ii]。
抗菌薬の適正使用については、処方する医師のみならず、受診する患者側の理解も重要です。抗菌薬の不必要な処方の原因の一つに、患者が必ずしも必要のない抗菌薬を処方医に求めることがあげられています。そのため、一般市民に対しても抗菌薬の適切な効果と耐性菌に関する啓蒙を進めることが重要です。スウェーデンでは地域のStramaに広報の担当者を配置するなど、地域住民への抗菌薬に関する正しい知識の発信に力を注いでいます[ii]。実際にスウェーデンでの一般市民の抗菌薬への理解度は高く、約80%の市民は抗菌薬が一般的な風邪を早く治すことが出来ないことを理解しています[iii]。

また、畜産動物には成長促進剤として抗菌薬を投与することがあり、こうした投与により発生した薬剤耐性菌は、食肉や環境を介してヒトへ伝播すると知られています[iv]。こうした背景を踏まえ、畜産の分野でも抗菌薬の使用についてスウェーデンは世界で最も早く1986年に成長促進剤としての抗菌薬使用を禁止しています。

[ii]スウェーデン公衆衛生局「Swedish work on containment of antibiotic resistance – Tools, methods and experiences」
[iii]Malin André et al. (2010). A survey of public knowledge and awareness related to antibiotic use and resistance in Sweden, Journal of Antimicrobial Chemotherapy, Volume 65, Issue 6, June 2010, Pages 1292–1296
[iv]AMR臨床レファレンスセンター「薬剤耐性(AMR)とワンヘルス(One health)」

3.オランダのAMRに対する取り組み

オランダでは1996年、抗菌薬の適切な使用・耐性菌発生の対策のために、オランダ感染症学会、オランダ病院薬剤師協会、オランダ医療微生物学会が協力して設立されたSWAB(Stichting Werkgroep Antibioticabeleid)が重要な役割を果たしています。2014年にはSWABのAMR封じ込めを目的とした声明に対応する形でDutch Health Care Inspectorate (IGZ) が抗菌薬適正使用チーム(AST)を病院に配置することを推奨し、このASTが各病院に普及した点も重要な役割を果たしました[v]。実際、オランダでは、急性期病院を対象とした調査において他のヨーロッパ諸国と比較し、ASTの配置されている割合が高いことが報告されています[vi]。ASTが病院内で治療抗菌薬のモニタリング等を行うことで、適切な薬物使用が促進されていると考えられます。
国家的なプログラムとしては、2015年にオランダ保健省がワンヘルスプログラムを開始し、その後も様々な施策を実施しています。2017年から開始したAMR対策のための地域協力ネットワーク(Regional Cooperative Networks)も2019年から本格的に始動しており、地域社会での耐性菌の対策活動に従事しています。また、2017年から国家的な耐性菌サーベイランスを目的に、微生物学的、臨床的、疫学的データを様々な関係者間で共有し、調査を実施するプロジェクトを開始しました[v]。
また、2008年以降、オランダでは国家的なAMR監視システムとして、薬剤感受性試験の結果を収集するシステムを導入(ISIS-AR)しました。このシステムを利用して、Dutch medical microbiology laboratoriesでの抗生物質感受性試験データを定期的に収集しています。微生物培養を含む検査も医療保険の対象となっていたため、財政的な制約を受けずにデータ収集可能となり、ここで収集されたデータが多くの研究に利用されました[vii]。また、ここで収集した耐性菌監視データを活用して、SWABが抗菌薬の最適な使用のためのガイドラインを作成しています[v]。
抗菌薬に対する一般市民の理解という点に関しても、約50%の人は抗菌薬がウイルスに効果がないことを理解しているというデータが得られています[viii]。
畜産分野においても、EUが2006年1月から全面的にAGP(成長促進剤としての抗菌薬使用)を禁止したことを受け、オランダでも同様に禁止されています。

[v]SWAB「NethMap」
[vi]M.C.Kallen et al. (2019). Comparison of antimicrobial stewardship programmes in acute-care hospitals in four European countries: A cross-sectional survey. International Journal of Antimicrobial Agents. Volume 54. Issue 3. 338-345
[vii]Altorf-van der Kuil Wieke et al. (2017). National laboratory-based surveillance system for antimicrobial resistance: a successful tool to support the control of antimicrobial resistance in the Netherlands. Euro Surveill. 2017;22(46)
[viii]Van Rijn, Michiel et al.(2019). The public uptake of information about antibiotic resistance in the Netherlands. Public Underst Sci. 2019 May;28(4):486-503

4.日本でのAMRに対する取り組みと今後目指すべき方針

日本においても耐性菌への対策が進められており、2016年に耐性菌発生抑制のためのワンヘルスアプローチが閣議決定されたことを皮切りに、厚生労働省がワンヘルスプログラムを発表し、適切な抗菌薬の使用・耐性菌の発生抑制に一定の成果をあげてきました[ix]。
また、新たな試みとして抗菌薬の適正使用を診療報酬の対象とし資金的な支援を行うことで経済的インセンティブを与える取り組みも行われています。2018年4月に小児科領域を対象に新たに導入されたこの小児抗菌薬適正使用支援(ASP)加算は、比較的安全に抗菌薬適正使用を推進できる政策であることが示唆されました[x]。加えて、2022年の診療報酬改訂にて、新たに耳鼻咽喉科での小児を対象とする治療での抗菌薬適正使用での加算が新設されました[xi]。
抗菌薬の適正使用における病院内での取組みとして、病院へのAST(抗菌薬適正使用チーム)の配置を進めており、病院内での活動を通じて抗菌薬の不必要な使用の減少に貢献しています。これに加え、抗菌薬の適正使用をさらに進め、耐性菌の発生を抑えるためには、スウェーデンのStramaやオランダのSWABのように各地域において地元の医師に抗菌薬の適正使用について働きかけを継続的に実施することや、地域住民への正しい抗菌薬の情報発信などの地道な活動を積み上げていくことが重要になると考えられます。
また、日本での抗菌薬の使用モニタリングシステムとして、厚生労働省が公表するアクションプランにおいて、「動向調査・監視」、「感染予防・管理」、「抗微生物剤の適正使用」の各分野における戦略として地域レベルでの取り組みの推進が掲げられています。具体的な監視システムとしては「感染対策連携共通プラットフォーム:J-SIPHE」が運用されています。このシステムは2018年の試行期間を経て、2019年1月から参加施設の公募を開始しました。現在ではこのシステムへの参加が感染対策向上可算算定要件となっており、2022年3月24日時点で全国898施設が参加しています。このシステムの集計項目としては、①感染症診療・ASP(抗菌薬適正使用支援プログラム)の活動情報、②抗菌薬使用量情報、③感染症対策チーム関連情報、④医療関連感染症情報、⑤微生物・耐性菌関連情報の5つが挙げられます。ここで集計されたデータは病院間で比較可能な数値として集計され、各病院の感染症対策に利用できるほか、地域の耐性菌対策にも活用されています[xii][xiii]。
一方で、日本の一般市民における抗菌薬への正しい理解の普及は、今後の大きな課題となっています。AMR臨床レファレンスセンターが2021年に行った調査によると、「抗菌薬・抗生物質はかぜに効く」ことを間違いであると正しく回答した人の割合は60代では31%、20代では18%でした[xii]。この割合はスウェーデン(約80%)やオランダ(約50%)に比べると低い値となっています。こういった現状に対応するため、厚生労働省も薬剤耐性対策アクションプランにて国民に対する普及啓発・教育の強化を重要な分野と位置づけ、実際に多くの機関が医療・畜産分野の両領域にわたって様々な啓発活動を行っています[ix]。
このように日本においても耐性菌の抑制と抗菌薬の適正使用のために、様々な形で多くの取組みが行われており、実際に成果もあげてきています。しかし欧州の一部の国と比較すると、日本での耐性菌率が高い水準であることも事実です。さらなる耐性菌の脅威に対抗するためには、国家的な規模での取組みと、それを細かい実情に合わせて実行していく地域的な取組みを継続して拡充させていくとともに、それらの活動を市民に発信し、さらなる関心を高めていくことが今後日本において求められていくでしょう。

[ix]厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策について」
[x]国立成育医療研究センター「小児抗菌薬適正使用支援加算は、小児科外来における抗菌薬の使用率の減少に大きく貢献」
[xi]厚生労働省「令和4年度診療報酬改定、個別改訂項目について」
[xii]AMR臨床レファレンスセンター プレスリリース資料「2021年度 薬剤耐性問題を総括」
[xiii]早川佳代子ほか. (2019). 本邦におけるAntimicrobial Resistance(薬剤耐性)対策サーベイランスの今後. 日本環境感染学会誌. 34 巻 4 号 p. 215-221

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