【ホワイトペーパー/感染症】Phage Therapyの歴史と今後の展望

1. ファージとは?
「バクテリオファージ」とは、細菌に感染して増殖するウイルスの一種です。これらは通常、「ファージ」と省略されて呼ばれます。ファージの総数は地球上の全生物の総数を上回り、宿主細菌が存在する所に広く存在します。ファージは非常に多様であり、様々な形態を持ちますが、最も一般的なのは二本鎖のDNA(dsDNA)を持つファージです。この種類のファージでは、DNAがカプシド(頭部)内に包まれ、尾部に接続されています。感染は尾部の先端が細菌の細胞壁に付着し、カプシドからゲノムが細胞膜を通じて細胞質内に注入されることで開始されます。タンパク質のカプシドと尾部は細胞の外に残ります。細菌の細胞に侵入し、自分自身の遺伝物質を細菌の遺伝物質に組み込むことで、細菌を利用して新しいファージ粒子を作り出すことができます。この特性から、ファージは細菌感染症の治療や、バイオテクノロジー分野での研究において注目されています。その中でも非常に注目されているのは薬剤耐性菌に対してのファージセラピーです。

2. ファージセラピーの概略
特定の細菌に感染するファージの特性を用いて、細菌感染症の治療を行うことを「ファージセラピー」といいます。ファージは特定の細菌に感染し、その細菌の体内で自己複製を行います。この過程で、細菌の遺伝物質を利用して新たなファージ粒子を作り出し、最終的には細菌を破壊します。この特性により、細菌性感染症を治療する手段として注目されています。加えて、ファージは特定の細菌にのみ感染するため、健康に必要な善玉菌や常在細菌叢に影響を与えず、精密な治療が可能と考えられています。近年、抗菌薬に対し耐性を獲得した薬剤耐性菌が世界的に問題視されており、ファージセラピーは、有効な解決策の一つとして期待されています。

3. ファージセラピーの歴史 [1,2]
1915-1917年
ウィリアム・トウォート(イギリス・1915年)とフェリックス・デレーユ(フランス・1917年)によってバクテリオファージが発見されました。デレーユは最初にファージを使って細菌感染症を治療することを提案し、ファージセラピーの研究の始まりを告げました。

1920-1930年代
ソビエト連邦、ポーランド、フランスでのファージセラピーの初期開発が行われました。ジョージアにエリアバ研究所が設立され、ファージ研究の中心地になりました。

1940-1980年代
ペニシリンをはじめとする抗菌薬が多く開発され、西洋でのファージセラピーへの関心が衰えました。一方で、ソビエト連邦や東ヨーロッパでは研究が続けられました。

1990年代
薬剤耐性菌の出現により、ファージ療法への関心が再び高まり、抗菌薬の代替としての可能性が注目されました。西洋での研究と臨床試験が増加し始めました。

2000-2010年代
分子生物学とゲノミクスの進歩により、ファージセラピーに新たなツールが提供され、ファージのエンジニアリングが可能になりました。薬剤耐性菌による感染症を治療するファージの可能性を示す臨床試験と症例研究が公開されました。

2020年代‐現在
世界中でファージ療法の規制がより明確に定義され始め、製薬業界からの関心が高まりつつあります。複数の臨床試験が進行中であり、FDAは生命を脅かす危険のある特定の薬剤耐性感染症のケースに対してファージセラピーの緊急使用許可を与えました。

4. 最新のファージセラピーの潮流 
現在(2024/3時点)、臨床現場でのファージセラピーの使用例は少なく、非臨床研究段階のものが多いです。いくつかのケーススタディーで人間の感染症治療に成功した報告もありますが、ランダム化比較試験などの数が少なく、FDAなどの承認を得るための結論を出すには証拠が不十分とされています。[3,4]非臨床のファージ開発は食品安全、農業、臨床診断などに焦点が当てられており、加工食品や作物の病原体を治療するための複数のファージを合わせた「ファージカクテル」製品がFDAに承認されています。しかし、一つの治療法内で複数のファージの開発が必要となるため、承認プロセスには時間がかかります。ファージカクテルの他に、抗菌作用の効果を向上させるためにファージを修正する様々な方法が設計されており、この「デザイナーファージ」は本来のファージの宿主域を拡大するようにプログラムすることなどができます。

加えて、ファージカプセルの表面に薬剤を物理的に結合させることでファージセラピーと抗生物質の相乗効果を狙う「薬剤結合法」なども研究が進められております。[1]

5. 日本でのファージセラピー研究
日本国内でも、ファージセラピーに関する研究は進んでいます。
2020年に国内大学と製薬企業の間で「次世代ファージセラピー研究ユニット」が設立されました。ファージを応用した治療法の開発、抗菌薬と異なる治療選択を提供することを目指して活動しています。[5]現在、合成ファージエンジニアリングプラットフォームを開発し、これらの技術を使用し、薬剤耐性や治療が困難な細菌感染症に対して、オーダーメイドで生物学的に制御されているファージを生成することに成功しています。合成生物学の知見を活かしてゲノムを組み立て、グラム陰性菌や抗酸菌に感染させるファージを「リブート」する仕組みも開発されています。
また、生体外に放出されて環境中の細菌への感染等により生態系への影響を防ぐことを目的に、生体外では機能しないように制御されたファージを作成し、安全性も研究されています。[6]

6. 現在の課題と今後の展望[1,2]
ファージセラピーの発展における課題は多岐にわたります。まず、小分子抗菌薬の開発と同様に、より多くのクリニカルトライアルの実施が必要です。これにはプラークアッセイ等の目視による試験だけではなく、より厳格で再現性の高い実験室技術の開発が含まれます。また、ファージセラピーの最適な投与方法を理解することも重要なだけでなく、PK/PDの研究も必要とされています。抗菌薬との併用可否についても詳細なデータが求められています。
上述の課題はあるものの、ファージセラピーによる細菌感染症治療は今後も研究開発が進んでいくと考えられます。加えて、これまで発見が難しかった細菌病原体に起因する疾患の診断を改善する可能性や、慢性疾患の治療において新しい治療法となる可能性もあります。予防的ヘルスケアの分野でも、感染の予防や制御に対する新たなアプローチとしてファージセラピーが注目されています。更に、バイオフィルムの形成を防ぐことによる感染症の予防や、バイオディフェンスとしての応用も検討されており、公衆衛生上の脅威に対抗するための新しい手段としても期待されています。

参考文献 
[1] Durr HA, Leipzig ND. Advancements in bacteriophage therapies and delivery for bacterial infection. Mater Adv. 2023;4(5):1249-1257. Published 2023 Jan 31. doi:10.1039/d2ma00980c
[2] Strathdee SA, Hatfull GF, Mutalik VK, Schooley RT. Phage therapy: From biological mechanisms to future directions. Cell. 2023;186(1):17-31. doi:10.1016/j.cell.2022.11.017
[3] Lin DM, Koskella B, Lin HC. Phage therapy: An alternative to antibiotics in the age of multi-drug resistance. World J Gastrointest Pharmacol Ther. 2017;8(3):162-173. doi:10.4292/wjgpt.v8.i3.162
[4] Hesse S, Adhya S. Phage Therapy in the Twenty-First Century: Facing the Decline of the Antibiotic Era; Is It Finally Time for the Age of the Phage?. Annu Rev Microbiol. 2019;73:155-174. doi:10.1146/annurev-micro-090817-062535 
[5] 次世代ファージセラピー. astellas . https://www.astellas.com/jp/innovation/engineered-phage-therapy-research-unit
[6] Mitsunaka S, Yamazaki K, Pramono AK, et al. Synthetic engineering and biological containment of bacteriophages. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022;119(48):e2206739119. doi:10.1073/pnas.2206739119


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