【KOLインタビュー】Dr.Thanh and Dr.Nhung (Bach Mai Hospital, Viet Nam)

〜ベトナムにおける薬剤耐性問題と解決に向けた取り組み(前編)〜

(カーブジェン有泉(以下、有泉))この度はお時間を頂きましてありがとうございます。早速ではございますが、ベトナムの医療体制、医療保険の仕組みについてお伺いできればと思います。ベトナムでは、どのような流れで患者さんは診療を受けるのが一般的でしょうか。

(Dr.Thanh:タン)患者さんはいわゆるプライマリケア、まず各地域の病院にかかり、症状が改善しない場合にBach Mai Hospital(以下、BMH)のような大きな病院に来院するのが一般的です。

(Dr.Nhung:ニュン)プライマリヘルスケアレベルから、紹介等の段階を経て大きな病院に受診すると医療保険は適用されるのですが、患者さんが最初から大きな病院を受診してしまうと自己負担額が増えてしまいます。ただし、緊急入院の場合は、大きな病院に直接受診しても保険適用となります。

(Dr.Thanh)通常、患者さんの医療費の90%程度は保険適用されています。プライマリケアの病院を経由して大きな病院に行くと保険適用されますが、患者さんがプライマリケアの病院をスキップし、BMHのような大きな病因に直接入院すると、保険は4割程度しか適用されません。なお、救急入院の場合は、Dr.Nhungの仰る通り、どちらの病院に入院しても、医療保険は8割程度を負担してくれます。

手前右:Dr.Thanh 手前左:Dr.Nhung

(カーブジェン中島(以下、中島))ありがとうございます。ベトナムの医療保険制度について理解できました。続いては、ベトナムにおける薬剤耐性(AMR: antimicrobial resistance)の問題についてご教示ください。AMRの対策には抗菌薬の適正使用が大事だとされています。一方で、現在は抗菌薬が濫用されてしまっているために薬剤耐性菌が増えてしまっていると理解しています。抗菌薬の投与に関しての保険制度について教えていただけますでしょうか。

(Dr.Thanh)基本的に、抗菌薬の投与やそれに関する検査は医療保険でカバーされていないことが多いのですが、抗菌薬の使用に関しては医療保険がカバーする場合もあります。例えば、抗菌薬を使用する際に保険省のマニュアルや医療関係の団体や協会の指導に従うものであればカバーされます。あるいは、この抗菌薬をどうしても使用するべき、とカンファレンス(感染部署や微生物の専門家など種々の専門家が参加するカンファレンス)において結論付けられた場合も保険がカバーしてくれます。

(有泉)ありがとうございます。続いては、ベトナムにおけるAMRの問題について、病院に勤務される医療従事者としてどのように感じておられるか、ご教示いただけますでしょうか。実際に診療される専門家の肌感覚として、薬剤耐性問題の厳しさを感じることはございますでしょうか。

(Dr.Nhung)グラム陰性菌のAcinetobacter baumanniiは問題であるように感じていますが、この細菌の薬剤耐性率は過去と比較してもそこまで変化していません。しかし、一方でKlebsiella pneumoniaeは年々薬剤耐性を獲得し、その増加スピードは年々早くなってきています。従って、私たちはKlebsiella pneumoniaeの対策に力を入れています。

また、メチシリン耐性を持ったStaphylococcus aureusはMRSAとして有名かと思います。北ヨーロッパではその耐性率は5-10%ほどですが、ベトナムでは70-80%であり、こちらも非常に深刻であると感じます。

(有泉)MRSAについては深刻ですね。なぜ、ベトナムにおいて薬剤耐性は進んでしまっているとお考えでしょうか。BMHのように大きな病院であれば、検査を行い原因菌を同定して適正に抗菌薬を処方していると思いますが、クリニックのような施設だと検査せずに処方しているといったことはございますでしょうか。

(Dr.Nhung)実は、患者さんは症状が出ても医療機関に行かない場合が多いと思われます。例えば、熱が出たら自分で薬局に行って抗菌薬を購入するのが普通であり、それでも治らなければ診療所や病院に入院することが多いと考えています。

(中島)病院に来るときにはもうすでに薬局で購入した抗菌薬を飲んでしまっているということでしょうか。

(Dr.Nhung)ご理解の通りです。それが原因で、薬剤耐性菌の発生が加速してしまっていると考えています。保健省の方針としては、今後は抗菌薬の販売の取り締まりも考えているようです。

(中島)患者個人が薬局で抗菌薬を買ってしまっているのであれば、仰る通り保健省や行政がシステムを変えることが重要だと思います。一方で、患者さん側の抗菌薬に関する正しい知識を教育し、啓発することも重要と感じますが、どのような取組が今なされているかご教示いただけますでしょうか。

(Dr.Nhung)種々の活動が行われていますが、その1つとして国民に対する周知活動があります。しかし、これから重要となるのは、先ほど申し上げたような抗菌薬の取り締まりなど、行政的な対策だと考えています。日本では薬局で販売した抗菌薬の処方箋のデータは全て蓄積されていますよね。そうすると抗菌薬の物流は完全に管理することができ、抗菌薬の濫用の防止につながると考えています。

(中島)まずは抗菌薬の流通に関して把握することが重要だと理解しました。ありがとうございました。

プロフィール:Do Van Thanh
・Head of Human resources, Bach Mai Hospital, Vietnam
・Clinical doctor at the Center for Tropical Diseases and Head of Personnel
 Department at Bach Mai Hospital, Vietnam

プロフィール:Pham Hong Nhung
・Deputy Head of Microbiology Department, Bach Mai Hospital, Hanoi, Vietnam
・Consultant clinical microbiologist for Ministry of Health on Antimicrobial resistant surveillance program, Veitnam
・Deputy Head of Dept. Microbiology, Hanoi Medical University, Vietnam.
・Fulltime lecturer of Dept. Medical Microbiology, Hanoi Medical University, Vietnam.
・Microbiologist of Dept. Microbiology, Bach Mai Hospital, Hanoi, Vietnam.

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