(カーブジェン有泉(以下、有泉))アメリカのメルカリに1、2年間ほど勤められていたと伺いましたが、米国でメルカリを開発された際、組織的な観点で日本と違うと感じたところはございますか?
(名村)メルカリは、日本にヘッドクォーターがあり、アメリカはブランチなので、ヘッドクォーターとブランチの心理的、時差的な距離や、単純に遠いためなかなか会えないという物理的な距離を感じました。サイバーエージェント(CA)に勤めていた時代は、同じオフィスの同じフロアで一緒に開発をしていましたが、メルカリに入社してからは、今で言うリモートのような体制の開発業務に切り替わったため、意思決定の仕方や、ディスカッション方法、開発の仕方が日本と非常に違うように感じました。

(有泉)ありがとうございます。また、アメリカのエンドユーザー目線で考えた際、サービスに関して何か日本と違うと感じた点はございますか?
(名村)アメリカの方が日本よりも洗練された、統一感のあるUXを必要としているように感じました。日本では情報量の多いUI/UXの方が好まれていて、よく使われているように感じます。
最近は風潮が少し変わってきているかもしれないですが、アメリカなどではよりUXやUIを洗練させないと使いにくいとユーザーに思われてしまうため、アプリにおけるデザインを古い世代のものからモダンなものへと切り替えることを意識していました。
また、エンドユーザーの多様性が幅広く、色々な使い方をする人がいたりすることや、商慣習に対する考え方の違いもありました。例えば、返品に関してです。日本では、返品は商品に問題がない限り日常的に行いませんが、アメリカでは返品することが当たり前な文化であるため、メルカリ側としてはオペレーションの設計が非常に大変でした。
(有泉)ありがとうございます。単純に日本版のメルカリをアメリカでも適用するだけではなかなか上手くいかなかったということですね。
(名村)そうですね。
(有泉)アメリカのメルカリに勤められて、その後CTOとして日本に戻られたと伺っています。組織を作る立場として、エンジニアが自発的にどんどん挑戦していけるような環境を作ろうとされていたかと想像いたしますが、CTOとして意識されていたことがあればご教示いただいてもよろしいでしょうか。
(名村)日本のメルカリのCTOとして、技術的よりも組織的に解決しなければいけない問題が社内において多いと感じていました。例えば、システムは時間が経つと、徐々に老化し動きが悪くなる上、最新の仕組みが入っていないために無駄が出てしまうという問題が発生します。それを防ぐために、新しい技術を積極的に取り入れてシステムを若い状態に保つことを意識していました。メルカリはその技術力を以て世に貢献するテックカンパニーを目標とする会社であったため、老化していく技術をただ見ていくだけの組織になってしまうと、せっかくの新しい技術が取り入れることができなくなってしまいます。
また、メルカリはプロダクト一つ一つの規模が大きいため、一つのプロダクトにかかわるエンジニアの人数が増えてきたときに、エンジニアが自ら考えて動くことがやりづらくなってしまうという問題もありました。エンジニアを増やしたとしても、モチベーションの低下により、言われたものを作るだけのエンジニアばかりになってしまうと、会社全体の弱体化に繋がります。そのため、エンジニアがやる気に満ち溢れて自ら動くような組織をしっかりと保つことを重視していました。
(有泉)当時エンジニアの方は何人くらいいらっしゃったのでしょうか?
(名村)当初は100人ぐらいでしたが、2、3年程で300人以上に増えました。元々、人員計画としてエンジニアを増やすことが決まっていたため、エンジニアの人数が増えていく前提で、増えた際にどのように対応するべきか、という話を社内でしていました。
(有泉)その際、それほど規模が大きくても一人ひとりが考えて動ける組織にするために、どのような対策を取られていたのでしょうか?
(名村)まず、エンジニア各人がアプリを使っていたりエンドユーザーの声を聞いたりするように働きかけ、「もっとこうする方が良いのではないか」と自分の考えを持つようになってもらうことを心がけていました。人数が増えると、単純にマンパワーが増えることに加え、考え方の多様性が大きく広がっていくため、それらの考えを柔軟に実行に移せる環境が存在しなければならないと思っていました。しかし、そのためには、色々なリソースを確保した上で計画を実行に移さなければならず、その検討プロセスのコストが高くなってしまうため、ちょっとしたアイディアや、エンジニア1人がふと感じたことを試すことのできない環境になってしまいます。私は、そのコストをもっと下げ、エンジニアが比較的簡単に自身のアイデアを試すことができる環境を作れないかと試行錯誤していました。
(有泉)ありがとうございます。組織が大きくなっても個々人がチャレンジしやすい環境は非常に重要だと思います。最後に、キャリアを描く上で、今後も大事にしていきたい軸というものがあれば、ぜひご教示いただけると幸いです。
(名村)私の軸は、「いかに期待値を上回るものを作るか」を考えることです。期待値を上回ったものを作ることで、結果的に社内での評価にも繋がる上、自分の価値にも繋がり、「この人に任せると面白くなるんじゃないか」と思われるようになると信じています。期待を超えるために、色々な技術やトレンドを把握しなければならないため、常日頃から知識の収集を心がけています。
さらに、自分が期待値を超えるために、またそもそもシステムを作るために、どのような判断や意思決定をしたかという「意思決定の経験値」が非常に重要だと考えます。他人が決めたことを自分がそのまま行うだけでは意思決定の経験値は増えないため、自分で悩み抜いた上で決定するという経験が、エンジニアの経験値として大事であると思っていますし、その経験値が多ければ多いほど、エンジニアとして非常に頼りがいがある人になっていくと考えます。
つまり、自分の目線で、システムのクオリティやパフォーマンスなど全てにおいて満足いくものをしっかりと作るためには、ただ他人の言うことを聞いて真似しているだけなのではなく、意思決定の経験値を養える環境におかれなければならないと思います。
(有泉)ありがとうございます。やはり意思決定ができないと、いつまでも伝書鳩のようになってしまうのですね。自分で考えて決めることが根本的に大事だということを非常に痛感しました。本日は本当に貴重なお話をありがとうございました。
(名村)ありがとうございました。
プロフィール:名村 卓
受託開発経験を経て、2004年株式会社サイバーエージェント入社。各種メディアやゲームなどの新規事業立ち上げの開発を担当。2016年に株式会社メルカリ入社。USのサービス開発を経てCTOに就任後、2021年1月にメルカリグループの株式会社ソウゾウ取締役CTO。2022年6月、株式会社LayerXの執行役員に就任。