(カーブジェン有泉(以下、有泉))最後に、細菌の薬剤耐性(AMR: antimicrobial resistance)問題に関連してお話をお聞かせください。
(カーブジェン中島(以下、中島))AMRの問題の文脈において、厚生労働省や米国のCDC(Centers for Disease Control and Prevention)は抗菌薬の開発のパイプラインが減ってきていると述べていますが、実際に臨床現場では新しい抗菌薬が減ってきていると感じることはありますでしょうか。
(山元)減ってきていると感じます。また、その一端を担っているのは我々なのではないかとも感じます。
(中島)それはどうしてでしょうか。
(山元)新しい抗菌薬が出たとしても、あまり使用しないことが多いからです。新しい薬が使用できるという場面がなかなかやってこない事が大きな理由であると思います。新しい抗菌薬は使わないようにしておこうという意識があるように感じます。
(中島)そうなのですね。やはり製薬会社への抗菌薬開発に対するインセンティブ構築は考えなければいけないですね。
少しお話は変わりますが、AMRについては2050年には死者が1000万人になるのではないかと言われていますが、現場の感覚として、今までは薬が効いていたのに効かなくなったという実感や、耐性菌が増えていると感じることなどはありますでしょうか。
(山元)薬が効かなくなるというよりは、一部の耐性菌については増えているなと感じることはあります。一方で、件数が減った薬剤耐性もあり、これまでのAMR対策の成果なのではないかと思います。ただ、薬剤耐性緑膿菌の話もあるように、何も対策を施さなければ、耐性菌は増加していく一方であろうとは思います。
(中島)設備環境が整っているような先進的な医療機関では対策が充実していますが、高齢者施設や多くの高齢者がいる老健施設などのような菌の分離・同定を十分行えていないような施設では、感染症が容易に拡大する可能性も考えられるのではないかと思います。
(山元)仰る通りで、その辺りでの薬剤耐性菌の増加は今後も問題になってくると思います。
(有泉)具体的な対策というのは、原因菌を同定し正しい抗菌薬を使用する、院内感染を防ぐことが大切ということですよね。
(山元)そうですね、抗菌薬の適正使用は対策の1つではあると思います。
(有泉)日本だとあまり薬剤耐性率の増加を感じないのではないかと思える一方で、アジアやアフリカ等海外では、データを見る限り薬剤耐性率が増えているのですが、海外においては何が問題でどのような対策をすべきとお考えでしょうか。
(山元)複合的な要因なので一つには決めにくいですが、個人的な印象としては機器のリユースは気になりました。経済的に難しいという側面はあると思いますが、器具の再利用についての考え方は改める必要があるとは感じました。呼吸関連のデバイスなどのリユースなどを見てしまうと薬剤耐性菌の蔓延も仕方ないようにも感じてしまいます。基本的な感染対策をきちんとするといった意識、土壌が大切なのだと思います。
(中島)日本でも感染対策、AMR対策に努めるとしても、国外から人々が流入してくるため、国際協力や新興国でもきちんと対策をしないと意味がないのではないかと考えてしまいます。国際協力が非常に大切になってくると思います。
(山元)いくつかの国で大きい病院を視察することもありますが、やはり途上国においては感染症対策は不十分な印象あります。
(有泉)そのような国で適切な対策が取れていないのは、意識の問題なのかそれとも経済的な問題が影響しているのか、どちらが大きな原因と考えられていますでしょうか。
(山元)物資が足りないという事は言えるのではないかと思います。何かがアウトブレイクして物資の流入が盛んな時期なら対策は可能なのでしょうが、その後に対策の品質を維持し続けるのは難しいのでしょう。
(中島)耐性菌を保有している方が日本に来た場合、その耐性菌が日本で広まるということは考えられるのでしょうか。
(山元)その方が接触できる範囲には限りがありますので、日常生活の中でその人が市中感染を起こす可能性は考えづらいかと思います。ただ、身体的接触などが密になり、その菌が抗菌薬などの圧によって選択され、かつ周りにその菌を保菌し得るような状態の悪い人がいる状況、つまり医療機関や介護施設内であればその可能性を考えるべきと思います。
(有泉)やはりウイルスの方が感染しやすいのでしょうか。
(山元)個々から伝播することを考えるとそうだと思います。菌の拡大は接触を含めた感染対策と抗菌薬による選択圧と衛生環境が鍵になると思います。途上国、先進国問わずAMRが問題になっているという意識を持ち、どういった対策をしてどのような事にコストをかけていかないといけないのかを考えなくてはいけないと思います。
(有泉)話は少し変わりますが、フィンランドやスウェーデンではAMR対策が進んでいるとの話題もありますが、海外と比較した際に、日本においても政策レベルあるいは病院レベルで望まれる政策や技術などありましたら、お伺いしたいです。
(山元)これらの国は医療情報へのアクセスが容易で、使用できる電子カルテが統一されていると聞いたことがあります。AMR対策推進にも情報の規格が揃っている点は大切になっていると思います。人の移動や実施した検査内容のデータベースに容易にアクセスできると業務の効率化に繋がっていくと考えています。日本では感染対策に関する情報はかなり人力を使い、手間暇をかけて集められています。
ICN(Infection Control Nurse)やICT(Infection Control Team)の人員が少なく、規模が小さい施設ではそれらの手段は大変だと思います。データ処理や対策に時間が取られてしまっていますので、それらが容易になれば収集された情報をAMR対策にも上手く活かせるのだと思います。当センターのAMR-CRCが中心となって開発したJ-SIPHEはそのコンセプトを踏襲していると理解しています。
(中島)現在はまだまだシステムがマニュアルであるため、入力する人によってデータが変わってしまうということも問題としてあるかと思います。データビジネスでその点が問題となっていて、医療のみならず種々の業務が標準化されていないため、データを入力する人によってデータの規格が違ってきたり、標準化されていない結果、データを解析することができない問題があります。その一つの関連として、我々の製品BiTTE(Bacterial infection Teller and Treatment Estimator)にもつながると思っています。グラム染色を標準化しないと、レベルの高い方であればまだしも、研修医など技術としてまだ未熟な方にとっては、標本がバラバラであるよりも、自動化した方が良い解析結果を得ることに繋がるのではないかと考えております。
(山元)おっしゃる通りだと思います。
(有泉)BiTTEに関連して、山元先生と弊社のコラボから始まった、グラム染色像からAIで菌種を推定するシステムの開発経緯についてお伺いさせてください。
(山元)前提として、グラム染色は高い精度で菌種を同定できるわけではないですが、細菌に対して特定の抗菌薬を使用するためには非常に重要です。ただ、検査自体にハードルを感じる印象は強く、まずは普及させることが重要と考えていました。興味がバラバラの全若手医療者にグラム染色を一から教えるのは大変ですので、AIを使って画像から識別できれば、指導側の業務効率化、検査実施率の上昇につながると思っていました。加えて、最近の新規検査技術の多くは、検査室が採算を取るのが難しい傾向にあるため、安価でどこにでも配備できるシステムが良いと思っていました。スマホのカメラを用い、アプリをインストールとしてAIを使用するのが効率的で、良いアイデアだと思っていました。

(中島)素晴らしいですね。BiTTEについては、スマホと顕微鏡のシンプルな組み合わせですと海外でも使用可能ではないかというお話も以前されていましたが、それは海外でのお話を聞いていて感じられたのか、それとも実際に行かれた時に感じられたのかどちらでしょうか。
(山元)強く実感したのは、2019年サモアの病院に伺った際です。現地では試薬はあるものの、グラム染色はあまり行われていない印象でした。周辺国から高価な遺伝子検査機器が持ち込まれたりしていましたが、確かに精度や時間は素晴らしいのですが、途上国での普及はコスト的に厳しいと感じました。そのため、簡易であるグラム染色を行い、そこにBiTTEのようなAI画像診断技術があればコスト、精度、時間の観点から上手く普及するのではないかと感じました。
(中島)ありがとうございます。弊社としても開発に尽力して参ります。
プロフィール:山元 佳
2006年に弘前大学医学部卒業後、茅ヶ崎徳洲会総合病院で初期研修。感染症患者の多い小児で診療をするべく、神奈川県立こども医療センターで後期研修。その後、小児ではみることが少ないHIV、輸入感染症、結核の診療をするため、国立国際医療研究センターに総合感染症コースで3科ローテーションを開始し、コース修了後に国際感染症センターでフェローに従事、2017年から現職となった。臨床に主として携わりつつ、渡航医学、一般感染症、微生物検査についての臨床研究に携わっている。渡航前相談レジストリ、新規微生物検査の臨床応用、ワクチンの臨床的な側面を主なテーマとしている。