(カーブジェン中島(以下、中島))救命救急領域の話に関連するのですが、我々は細菌のグラム染色像から早期に高い精度で原因菌を鑑別するAIによって、抗菌薬の適正使用を促し、最終的にそれが薬剤耐性(AMR)問題対策に繋げるべく、事業を展開しようと考えています。そこで救命領域においてAMR問題はどれほど課題だと思われているのかご教示いただきたいです。
(篠崎)薬剤耐性問題ですね。救急と救命は、言葉は似ていますが救急は判断するまでの時間が十分にはない病気のことで、例えば脱臼といった、痛みがあるのですぐに処置する必要はあるものの死ぬわけではない疾患も救急を意味します。
一方で、致死率は高いものの時間もあり対処戦略も練れる疾患、例えば癌などは救急ではありません。
すなわち、救急かつ致死率が高いものが救命領域になります。おそらく救命で1番多い疾患が敗血症で、ICUや救命の現場において薬剤耐性問題は非常に大事な問題で、少しの判断ミスで患者さんが亡くなってしまうため、耐性菌は大きな問題だと自分は感じています。
しかし救急となった場合に、果たして耐性菌が大きな問題なのかというとまた変わります。例えば手の縫合処置をする場合は抗菌薬を出しますが、命に大きく関わるわけではないため、耐性菌が出てしまったとしても後で広めの抗菌薬を出してしまおうという思考に至ってしまうのが現状のようです。そのため結局は手の切創とか熱創にもbroadな抗菌薬を使ってしまうことが多いです。
(中島)本来であれば理想はよりnarrowで薬剤耐性が発生しにくい薬を出すべきですが、現実として救急領域においてはすぐに対処しなければいけないので、broadな抗菌薬を出してしまうということでしょうか。
(篠崎)はい。アメリカではER(emergency room)に到着した時に既に熱があり脈拍や乳酸値が高いと、一旦広域抗菌薬を出して、ディエスカレーションはICUの先生が対応してくださると踏んで、最初の1、2日は広域抗菌薬を大量にいれるのがゴールドスタンダードになってしまっています。
(カーブジェン竹谷(以下、竹谷))ガイドラインを変えるべきかという問題は別として、もしその際にすぐにどのバクテリアが原因菌なのかが分かれば、医師の判断でもう少しnarrowな抗菌薬を処方することはできるのでしょうか?
(篠崎)はい。やはり万一処方が外れてしまうと責任重大であるため、診断精度が高ければ高いほどnarrowな抗菌薬を選択する方向に気持ちを向けられるとは思います。精度さえ高ければそれは実現可能だと思いますし、その方が正しいという認識はほぼすべての医師に認識としてはある一方で、現時点では現実的問題として難しいように感じています。
(中島)迅速な、精度が高い検査というのは感覚的には例えば時間は何分くらいでしょうか?精度の定義は難しいかもしれませんが、精度は90%、95%あればいいなど、数字的な基準はありますでしょうか。
(篠崎)日本ではあまり意識していなかったため、少しフレキシビリティがあるとは思いますが、アメリカのガイドラインでは診断から6時間以内に抗菌薬を処方すると決まっており、それを過ぎると医療報酬の査定額が下がってしまいます。これを達成していないと病院自体の収入が下がるため、6時間以内に抗菌薬投与を始めなければいけません。
(中島)では6時間以内に高い精度で原因菌を同定できればnarrowな抗菌薬を処方できるのでしょうか。
(篠崎)6時間待つことができれば処方できる可能性はあります。しかし患者さんの状態が一刻一秒を争う場合は6時間も待つことができないため、その場合はガイドラインから外れると思います。患者さんの状態的に敗血症ではあるけれども比較的時間が間に合う場合には、6時間以内に何かしらの抗菌薬を投与することになります。
(竹谷)敗血症の診断を下してから6時間とのことですが、ICUへ移すこと等を考えると、現実的には6時間も待っても良い、あるいは待てるのでしょうか。
(篠崎)診断を下してから6時間になります。現実には、私たちは6時間以内に患者さんをICUに移さなければならないため、平均すると2〜3時間以内に抗菌薬を決めて投与を始めます。
ただ投与するまでに時間的猶予のある患者さんの場合は、多剤耐性を病院規模で減らすためにbroadな抗菌薬を出すのではなくnarrowな抗菌薬を出せるよう検討することは理論上可能で、その検討時間は6時間になります。ただ、病院規模で「多剤耐性菌を減らす」という強い意志をもって、戦略を遂行していく必要があり、難しいと思います。
(中島)ということであれば、早期の原因菌の同定が重要になるわけですが、敗血症の場合、原因菌を確定するのには何日かかりますでしょうか?
(篠崎)確定結果が出るまでには2日かかります。ERでは敗血症の定義が非常に広くて、熱があり心拍数が早ければ全て敗血症とみなされるため、多くはただのウイルス感染であることもあり、そのような人々に広域抗菌薬を投与しているのが現状です。
(中島)国、地域によってそれぞれ定義が少しことなるのですね。敗血症の定義としてもですし、まずbroad抗菌薬を使用するのでしょうか。
(篠崎)日本では、私がいたときの感覚としては救急と救命は同じ人間がやっていたため、長期化したときの多剤耐性の怖さやどうすることもできない緑膿菌などの恐ろしさを知っている救急医が多く、narrowな抗菌薬を選択しなくてはいけないという意識を強く持っていらっしゃった印象があります。
(中島)一般的に、広域・狭域の抗菌薬の投与は国により異なるという印象でしたが、敗血症に限ると日本よりアメリカの方が広域抗菌薬を多く出しているということでしょうか。
(篠崎)数字的な根拠はありませんが、そのように感じます。
(竹谷)またERの位置づけも日本とアメリカでは大きく違いますよね。日本だと、体調が悪くなればかかりつけ医にかかりますが、アメリカだと予約が必要になるので軽度の方でもERにかかることが多いのでは。
(篠崎)それが戦略だったのか、文化としてそうなってしまったのかは分かりませんが、病院も非営利団体とはいっても完全に独立していて、国家からの財政支援はほとんどないため、組織運営、採算管理に対する危機管理が強いです。
例えば抗生剤もほとんどがアメリカ製の薬を使っていることが多く、広域抗菌薬を使用すると耐性菌ができることが正論として分かっている部分と、現実のシステムとして、耐性菌の怖さや適正使用を知らないER医が混ざってくると、アメリカの方が広域抗菌薬を使用する頻度が高くなってしまう印象があります。
プロフィール:篠崎 広一郎
Department of Emergency Medicine, Donald and Barbara Zucker School of Medicine at Hofstra University and Feinstein Institutes for Medical Research, Northwell Health, Assistant professor
2002年千葉大学医学部卒業。その後千葉大学にて救命救急医として勤務し、米国ペンシルバニア大学を経て、現職。救急救命における細菌感染症、特に敗血症等の救命治療研究に従事。