集中治療領域の抗菌薬使用の現状
集中治療領域において、世界的に多剤耐性菌がひろがっており、問題になっています[1]。
集中治療の特徴として、患者が重症であること、抗菌薬使用量が多いことが挙げられます。特に、多剤耐性の原因となる広域抗菌薬の使用に関して、日本の集中治療室における抗菌薬使用状況の横断研究データがあります[2]。
研究によると、集中治療患者のうち75%もの患者が、毎日抗菌薬を使用されており、3割は予防目的、4割は経験的治療目的で処方されています。また、抗菌薬投与の対象の半数は呼吸器感染症で、その3分の1が人工呼吸器関連肺炎(VAP)でした。
[1] Carlet J, Ben Ali A, Tabah A, Willems V, Philippart F, Chafine A, Garrouste-Orgeas M, Misset B: Multidrug resistant infections in the ICU: mechanisms, prevention and treatment. In 25 Years of Progress and Innovation in Intensive Care Medicine. Edited by: Kuhlen R, Moreno R, Ranieri VM, Rhodes A. Berlin, Germany: Medizinisch Wissenschaftliche Verlagsgesellschaft; 2007:199–211.
VAP患者にグラム染色による抗菌薬治療を行うとどのような効果があるか?
VAPの治療は、米国のガイドラインによれば経験的治療としてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)と緑膿菌の両方をカバーすることが推奨されています[3]。
ところが、ガイドラインを遵守して治療すると抗菌薬耐性菌の広がりを助長しかねません[4]。一方、グラム染色を用いて抗菌薬の選択を制限することは抗菌薬の適正使用に貢献するといわれています[5]。ただし、VAPに対してグラム染色により抗菌薬を限定して選択することには十分にエビデンスの蓄積がなく、議論の余地が残ります。そこで、VAPに対してグラム染色を使用して抗菌薬を限定的に使用することと、ガイドライン通り治療することを比較する研究が日本で行われました[6]。
この研究は日本の12の三次施設のICUで行われた多施設共同非盲検ランダム化非劣性試験 です。
患者は、グラム染色所見に基づく抗菌薬療法のグループと、米国感染症学会/胸部学会のVAPに対する2016年のガイドラインに基づく抗菌薬療法のグループにランダムに割り付けられました。
グラム染色群の患者には、気管内吸引痰を採取してグラム染色が行われ、次の通り抗菌薬を投与されました。
グラム染色の所見 | 抗菌薬 |
グラム陽性レンサ球菌 and/or グラム陽性桿菌のみ | 抗緑膿菌活性を持たないβラクタム系抗菌薬 |
房状のグラム陽性球菌(+) かつ グラム陰性桿菌(-) | 抗MRSA活性のある抗菌薬 |
グラム陰性桿菌(+) かつ 房状のグラム陽性球菌(-) | 抗緑膿菌活性のある抗菌薬 |
房状のグラム陽性球菌(+) かつ グラム陰性桿菌(+) | 抗MRSA活性のある抗菌薬と 抗緑膿菌活性のある抗菌薬 |
ガイドライン群には、抗MRSA活性のある抗菌薬と抗緑膿菌活性のある抗菌薬を併用しました。
治療薬のエスカレーションとデエスカレーションは呼吸器標本の培養結果に応じて、各施設の研究者が調整しました。解析の結果、グラム染色群の76.7%とガイドライン群の71.8%に治療効果を認め、グラム染色群はガイドライン群と比べて反応率(治療効果)は劣りませんでした。一方、抗菌薬の使用に関しては有意な差がありました。グラム染色群では、ガイドライン群に比べ、抗緑膿菌活性を有する抗菌薬は30.1%、抗MRSA薬は38.8%使用量が少ない結果でした。
以上より、ICUに入院したVAP患者にグラム染色に基づく抗菌薬選択治療をすると、ガイドラインに基づく治療と同等に有効な治療ができ、しかも広域抗菌薬の使用量を減らすことができました。グラム染色を救急患者の抗菌薬の選択に活用すると、ICUにおける多剤耐性菌問題を緩和できる可能性があると結論付けられています。
[3]Kalil AC, Metersky ML, Klompas M, et al. Management of adults with hospital-acquired and ventilator-associated pneumonia: 2016 clinical practice guidelines by the Infectious Diseases Society of America and the American Thoracic Society. Clin Infect Dis. 2016;63(5):e61-e111.
[4]Laxminarayan R, Duse A, Wattal C, et al. Antibiotic resistance-the need for global solutions. Lancet Infect Dis. 2013;13(12):1057-1098. doi:10.1016/S1473-3099(13)70318-9