【ホワイトペーパー/薬剤耐性】動物の薬剤耐性菌問題がヒトに及ぼす影響

1.ワンヘルスとは

現在、ヒトでの薬剤耐性問題が課題視されていますが、一方でヒト・動物・環境間での薬剤耐性菌の広がりも課題視されています。例えば、ヒトと動物間では畜産物の摂食やペットとのふれあいによる細菌感染[ⅰ]、ヒトと環境間では下水処理場通過後のヒト排泄物中に残存した細菌の水系への放出および野生動物への感染[ⅱ]により耐性菌が広がります。
このように、ヒト・動物・環境の健康を一つとして捉える観点をOne Health(ワンヘルス)といいます[ⅲ]

[ⅰ]厚生労働省HP「動物由来感染症を知っていますか?」
[ⅱ]海洋政策研究所HP「養殖の死角─水環境に蓄積される薬剤耐性遺伝子」
[ⅲ]厚生労働省HP「ワンヘルス・アプローチに基づく動物由来感染症対策」

2.動物由来細菌のヒトへの伝播

動物由来細菌のヒトへの伝播方法は大きく2種類あります。

1つ目は、家畜からの細菌伝播です。動物由来の排泄物の経口摂取、空気中のほこりや毛垢の吸入、肉・乳など畜産物の摂食により消費者へ伝播します[ⅰ]

畜産現場においては、感染症の治療だけでなく、飼料品質の維持や栄養補給、発育促進による産肉成績の向上を目的に抗菌薬を使用する事があります。抗菌薬使用により発生した薬剤耐性菌がヒトに伝播すると、人獣共通感染症の原因となるだけでなく、ヒト用抗菌薬の効果を減弱させてしまう可能性があります[ⅳ]

もう1つは愛玩動物由来の伝播です。愛玩動物は、ヒトと非常に近い距離で生活しているため、咬み傷やひっかき傷、排泄物を介して飼い主やその家族へ細菌が伝播します。また、動物病院内においては他の愛玩動物や獣医療関係者にも伝播します[ⅳ]。獣医療現場ではヒト用抗菌薬が使用されており、ヒト以上に乱用されているケースもあります。家畜の場合と同様に、薬剤耐性菌の発生・伝播がヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性があります[ⅴ]

[ⅰ]厚生労働省HP「動物由来感染症を知っていますか?」
[ⅳ]農林水産省動物医薬品検査所 中村正幸「動物用抗生物質の現状」
[ⅴ]農林水産省「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き」

家畜領域におけるヒトへの細菌伝播の流れ
(内閣府食品安全委員会「薬剤耐性菌の食品健康影響評価について」を基に当社にて作成)
愛玩動物領域における細菌伝播の流れ
(農林水産省「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き」を基に当社にて作成)

3.動物由来耐性菌の出現とヒトへの影響

「動物用抗菌薬の歴史と現状」で述べたように、ヒト医療上で広く使用される抗菌剤に対する耐性が動物由来細菌から検出されています。

例えば、牛や豚の細菌性下痢症や乳房炎、鶏の呼吸器疾患などに幅広く適応があり、飼料添加物としても投与されているテトラサイクリン系薬剤は、ヒト医療では多種類の病原体に対 する第一選択の化学療法治療薬として用いられていますが、畜産物からの細菌性食中毒の原因となるカンピロバクター細菌で高い耐性率を示しています[ⅵ]。他にも、牛や豚の肺炎や乳房炎、犬猫の細菌性皮膚感染症や細菌性尿路感染症に適応がある第3代セファロスポリン系薬剤は、ヒト医療では非常によく使用されている抗菌薬の一つであり気道感染症や皮膚感染症に適応がありますが、愛玩動物由来の細菌が耐性を持つことも報告されています[ⅶ]

このように、動物が保菌する細菌も薬剤耐性を獲得することがあり、これらの薬剤耐性菌が動物からヒトに感染してしまうと、本来なら抗菌剤によって治療可能な疾患が治療できなくなる可能性があります。

[ⅵ]Use of quinolones in food animals and potential impact on human health : report and proceedings of a WHO meeting, Geneva, Switzerland, 2-5 June 1998
[ⅶ]農林水産省「平成 30 年度 疾病にり患した愛玩(伴侶)動物(犬及び猫)由来細菌の薬剤耐性モニタリング調査の結果」

4.ワンヘルスについての課題と解決案

前項までで示したヒト、動物間での薬剤耐性菌の広がりは、ワンヘルスにおける大きな課題の1つであると言えます。この解決策として、愛玩動物領域における薬剤投与に関する法整備と獣医師に対する意識改善や、畜産領域における海外から輸入される家畜及び畜産物による耐性菌侵入の予防、さらに細菌同定試験の簡易化・迅速化が挙げられます。

「動物用抗菌薬の歴史と現状」でも述べたように、家畜へ投与する抗菌薬は農林水産省による承認などを経て用量・用法が設定されており、ヒト医療上重要な抗菌薬(第二次選択薬)の使用は他の抗菌薬が無効であった場合に限定されています[ⅷ,ⅸ]。これに対し、愛玩動物領域では承認された医薬品が少なく、より安価なヒト用抗菌薬が適応外使用されている現状があります[ⅴ]。愛玩動物はヒトとの距離が近く耐性菌が広がりやすいため、愛玩動物の獣医療現場において、ヒト用抗菌薬の使用量規制など法整備を行って環境を整えることで、獣医師の意識改善をすることが必要だと考えられます。

また、海外からの家畜や畜産物の輸入による病原体の侵入に関して、現在家畜や人に深刻な問題を引き起こす疾病は動物検疫制度の対象となっていますが、動物へ拡散する薬剤耐性菌を十分に制御できる仕組みは確立されていません。海外の病原体が国内に定着すると、動物間で新たな薬剤への耐性率が高まり、将来的にヒト医療に悪影響を与える危険性があるため、海外からの薬剤耐性菌の侵入を防ぐ仕組みや侵入した薬剤耐性菌を迅速に摘発して拡散を防止するための動向調査が必要だと考えられます[ⅺ]

さらに、簡便・迅速な細菌同定試験や薬剤耐性試験を実施できる新たな技術やデバイスを導入することは、獣医師の手間を省くとともに、より狭いスペクトルの抗菌薬使用に繋がり薬剤耐性菌の発生を抑制に寄与すると考えられ、今後の開発が期待されます。

[ⅴ]農林水産省「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き」
[ⅷ]農林水産省「抗菌性飼料添加物のリスク管理措置策定指針」
[ⅸ]農林水産省「畜産物生産における動物用抗菌性物質製剤の慎重使用に関する基本的な考え方 」
[ⅹ]浅井鉄夫 化学生物総合管理 第 11 巻第 1 号「家畜に由来する薬剤耐性菌問題への取り組みと課題」

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